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イデオロギーの終焉を説く声が強まっている

冷戦の終結後、イデオロギーの終焉を説く声が強まっている。社会民主的な中道・福祉政党が世界の大勢を占め、かつてのようなイデオロギーをふりかざすことなく職業的・専門的な政治家・官僚によって純粋に生活向上が図られる世界に向かっているのが現代である、という分析である。また思想の面からは主に構造主義者によってイデオロギーはディスクールに還元可能であるとされた。

しかし、これらの事実はイデオロギーの終焉を必ずしも意味しない。以下代表的なイデオロギー終焉論について簡単な内容を記すとともに、その問題点を指摘する。
資本主義社会はその経済論理をすべての階級に及ぼし、同化吸収的に階級社会を消滅させたと説かれた。ゆえにこのような社会では階級闘争は終結し、それに伴って深刻なイデオロギー的対立は解消したとされた。

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しかしマルクスの見方には大きな欠陥がある。階級的な利害がイデオロギー的であることはもちろんであるが、イデオロギー自身は必ずしも階級的な利害を必要としない。つまりイデオロギーは何らかの階級制度や階級闘争を前提としない。前述のヴェイユの立場からも階級社会が解消されてもイデオロギー的抑圧がなお存在するであろうことはおそらく確実であると思われる。そもそも社会を階級闘争的にみる見方でさえ、社会的抑圧の形態を偽っているという意味でイデオロギー的であるといえる。

またフーコーら構造主義の哲学では制度や権力に結びつく言語表現としてのディスクールによってイデオロギーは置き換え可能だとされた。彼らは実際生活上あらゆる言語は意識的にしろ無意識的にしろ権力や政治と結びついていない言語はないし、またあらゆる言語は政治的になりうることを主張し、そのような言語ないし言語的コミュニケーションをディスクールと名付けた。

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2009年06月29日 21:09に投稿されたエントリーのページです。

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